日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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年末年始のご挨拶を申し上げます。
 会員の皆様、日中友好協会に関心を持っていただいている皆様には、2009年が素敵な年でありますように。
 年末会費納入にご協力いただいた方々に感謝です。
 日中友好協会(宗像北粕屋)玄界灘支部(通称 ニーハオ玄海)は、誕生して半年を迎えることが出来ました。
 今年最後の役員会や初めて開催できた忘年会の時にも、これまでを振り返りこれからを見通す話で盛り上がりました。
 定期的な公開講座、諸々の教室では引き続き工夫を凝らし継続して開催していきたいとの気持を強くしています。多くの方々の参加をお願いするところです。

教室等紹介

中国映画を語る会(毎月第2土曜日午前10時~12時)
玄海漢詩教室(毎月第3水曜日午後2時~4時)
中国近現代史講座(毎月賽4金曜日午後7時~9時)
玄海囲碁教室(毎月第4土曜日午前10時~12時)
中国ゆかりの歴史探訪(季刊毎の企画)
『友好新聞』『季刊中国』を読む会(毎月1回役員会に先立ち)
 
「ニーハオ玄海事務所」を拠点にした
『年末年始中国人留学生と過ごす会』
を多彩な内容で開催します
(連絡先0940-52-1246或いは090 8409 2254石津)
まずは、
31日午後4時頃に、津屋崎潮の湯・夕陽館に集います。
町内外の人と共に、2008年最後の夕日を見、年越し蕎麦を食べる会に参加します。
海に沈みゆく絶品の津屋崎海岸の夕陽です。
名づけて『結びの夕陽』
(この項の事前連絡先 津屋崎千軒 藍の家)
夕日を見た後、各人持参した「my箸my椀」で、自然の恵みに感謝しつつ年越し蕎麦を食べます。
それから一度ニーハオ玄海に戻り、
真光寺での除夜の鐘撞きをし、ぜんざいをご馳走になります。
その足で、宮地嶽神社の初詣。
それから再び場を移し、
ニーハオ玄海事務所で、こたつに入り、酒も飲みながら新春を味わいます。
そして、うたた寝の後、
遅い元旦の朝になりますが、雑煮を食べます。
この企画に、今現在留学生の参加希望は3人です。少し増えるかも知れません。
留学生とお喋りする場にも参加する人がいたらいいなと思っています。


中国の『三国志』
をテーマにした映画が二本あるとか。びっくりだ。
特に「趙雲」を主人公にするとかは日本では考えられまいが、留学生には不思議でもなんでもないらしい。映画を観ることは中国理解の一つの方法でもある。
ホームページ上で見つけた監督と主な俳優を並べてみたい。

映画「レッドクリフ」情報
日本では2008年7月と2009年始め頃に2部作として公開予定。
周瑜を主役として、三国志(正史)と三国志演義および映画独自のストーリーで展開する。
配給 東宝東和、エイベックス・エンタテインメント
監督 ジョン・ウー(呉宇森)
周瑜:  梁朝偉(トニー・レオン)
諸葛亮: 金城武(かねしろたけし)
曹操:  張豊毅(チャン・フォンイー)
小喬:  林志玲(リン・チーリン)
孫権:  張震(チャン・チェン)
魯粛:  侯勇(ホウ・ヨン)
劉備:  尤勇(ヨウ・ヨン)
趙雲:  胡軍(フー・ジュン)
孫尚香: 趙薇(ヴィッキー・チャオ)
瓦瀧(架空): 中村獅童(なかむらしどう)


映画「三国志之見龍卸甲(三國之見龍卸甲)」情報
『三国志-龍の復活』(The Resurrection Of The Dragon)ともいわれるが
日本での公開名はまだ不明。
アジア各国は2008年4月公開予定。日本は未定
趙雲を主役に、彼の生涯を描く。
当然、「赤壁の戦い」も一部登場するでしょう。
監督 李仁港(ダニエル・リー)
趙雲        アンディーラウ
関興        呉建豪(ヴァネス・ウー)
羅平安(かくう) 洪金宝(サモハンキンポー)
曹嬰(架空?)  マギー・Q       
劉禅        小胖網(Xiao Pang)
諸葛孔明     プー・ツンシン
関羽        狄龍
趙雲の妻     姜鴻波


会員の近況古賀さんが韓国済州島の旅に誘われました。その報告を聞き怒りを覚えましたが、面白くも聞きました。中国とは直接の関係はありません。でも一読の価値ありです。
済州島「四.三事件探訪旅行」に参加して 
古賀伸生
済州島は、今や観光のメッカといわれ、韓国本土は勿論、日本から訪れる人も多く、賑わっています。中国旅行でなく何故韓国か。済州島は、韓国本土、日本、中国本土の中間点にあり、日本、中国(蒙古)との関係が深いからです。
 「四.三事件探訪」は、青い海に囲まれ眩しいほどに美しく穏やかで平和的な島という現在までの歴史の表側に、大変悲しい大きな出来事の爪跡を見て廻るために企画されました。
 私は自治体問題研究所の韓国旅行事前学習説明会で話を聞くまでは殆どと言っていいくらい、この事件を知りませんでした。周りの人も大体そんなものでしょう。その日の話とその後の資料読みで分ってきたことは、次のようなことでした。
日本の敗戦直後の1947年2月、その28年前の独立運動を記念する「3.1記念済州大会」に30万島民のうち2万~2万5千人が集まりました。大会終了後行進を始めたところ、制服を韓国式に着替えたばかりの親日派警官隊が米軍の見守る中、群集を無差別に発砲し6人を殺したことに端を発していました。
前年は大飢饉であったのに、米をはじめとする供出を課されたため、島民の救済を求める大会でもあったことでした。
統一選挙を求める運動で、済州島はアカの島のレッテルを貼られ、徹底的な弾圧が続けられました。当時アメリカも認めていた南農党が武装蜂起を始めました。警察と北部の朝鮮から来た西北青年団が、海岸から5km以外にいる者を皆殺しにする掃討を行い、1954年9月に終息するまで島民の九分の一、2.5万~3万人の人が虐殺されたこともありました。(つづく)

30万島民の四親等のうち誰かが虐殺された、生き残った人も「アイゴウ」と泣き崩れると、そのことでまた殺された、大悲劇。しかもその事実が固く封印され、日本は言うに及ばず韓国本土ですら知られていないのか、この疑問の解明を頭において企画された旅であったのですが、私は少し確かめることが出来たように思います。
反共法と国家保安法で、事件を口外すると逮捕され、きつい拷問やリンチを受け、身の安全が保障されないため、新聞、出版物による公開が出来ませんでした。
事件から30年経た1978年に、玄基栄が小説の体裁ではありましたが、『順伊おばさん』に悲しい真実を語らせました。しかし作者である彼はひどい拷問を受け、数年間発売禁止となったのです。
それが、韓国内の民主化の進展とともに、事実を暗闇の洞窟から抜け出させました。
2002年金大中大統領の時代に真相究明の特別措置法が成立したのです。
私たちが訪問した「四.三研究所」はその二年前に設立されていたそうです。案内の方も、リンチで右手指先第二間接全部を失っていました。
悲劇のあった場所は全党あまねくありますが、十数ヶ所を回り黙祷を捧げて来ました。
やはり何と言っても平和記念館でした。記念碑には「三無(泥棒と乞食と家の門が無い)の精神を創造的に受け継いで、済州四.三の悲劇を和解と相生で昇華させ、世界平和に寄与するよう。。。」の意志には、深く感銘しました。

 博物館の裏側には、日本軍が敗戦間近の1944年、生活困難にあえぐ島民を駆り立てて作った巨大な地下要塞が保存され、当時の様子が展示されています。近くには特攻飛行場と人間魚雷「回天」の発進基地があり、日本本土決戦に備え7万5千人の軍隊を集結させていた有様をも髣髴させます。天皇の降伏宣言が更に遅れていたら、沖縄同様、全島火の海になっていたことは間違いないと思いました。ここの慰霊碑も2002年ごろ建てられています。
 日本の植民地支配がなかったら、米軍政が南北分断、総選挙強行をしなかったら、これらに反対する島民の運動も、弾圧する大虐殺も起きなかったでしょう。米国政府と日本政府は、韓国大統領に倣い謝罪すべきだとの思いを深めた旅でした。

 もっと観光したかったのですが、看板に漢字表記が殆ど無いので私には分かりませんでした。要らぬお節介と言われるかも知れませんが、ハングルの名詞、動詞、形容詞は2文字か3文字漢字を朝鮮なりに音読してきたのですから、小学生中学生にも漢字を教えたらよかろうにと、旅の間に思ったものです。(古賀伸生)







教室案内 

中国映画を語る会
12月12日(金)は、臨時特別語る会です。話題の『レッドクリフ』を1時間ですが語り合います。
その会の後、引き続いて忘年会をします。忘年会に参加しない人も『レッドクリフを語る会』だけでも参加していただくと嬉しいです。
その翌日12月は13日(第2土曜日午前10時~12時)は定例の会です。
『ラストエンペラー』をテーマに前編が12月。後編は1月10日です。

玄海漢詩教室
第三水曜日。
12月は17日。白楽天を新しい視点で詠み進んでいきます。