日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

2009/081234567891011121314151617181920212223242526272829302009/10

<連載>日中友好協会新聞・雑誌の部分紹介
<2009年9月25日号>

40号『ニーハオ玄海』
*「初めての中国旅行に行きました」上海・蘇州・無錫3泊4日の旅。*「中国近現代史」第1回「アヘン戦争」イギリス資本家階級の中国市場化戦略に封建清朝の敗北し、以後100年を超える半植民地下の苦しみを味わうことになった。*11月14日(土)<晩秋の大宰府を歩く>参加者募集中。*玄界灘支部長の紹介する「日の里空手スクール」のことなど。

390号『福岡県連版』
*「中国人強制連行は終わっていない」運動を広げるための委員会発足。荒尾市も連行の事実を掲示。*「イチロー9年連続200本安打。福岡県連9年連続会員増勢へ」*「中国東北三省訪問の旅その2」60周年記念の年に参加した若い弁護士さんにも大いなる期待が。

2171号『全国版』
*「真実を伝え続けて」東京・平和のための戦争展も30回を数える。*ナチスドイツと日本軍国主義。その後の対応の違い。*「改善待たれる日中サービス格差」私徳でなく公徳意識が今後の課題。*「福岡支部が撮影始める」3年がかりで強制連行の現地調査。*言葉「兵」の意味の色々。*「中国映画」俳優から監督になる意味。大変さと喜びと。

現物は以下の場所にご連絡下さい。
『玄界灘支部ニュース=ニーハオ玄海』福岡県福津市宮司4-12-17(TEL 0940-52-1246)
『福岡県連版』福岡市中央区渡辺通2-8-23(TEL 092-761-0604)
『中央版』東京都千代田区西神田2-4-1東方学会ビル3階(TEL 03-3234-4700)
<連載>日中友好協会新聞・雑誌の部分紹介

現物は以下の場所にご連絡下さい。
『玄界灘支部ニュース=ニーハオ玄海』福岡県福津市宮司4-12-17(TEL 0940-52-1246)
『福岡県連版』福岡市中央区渡辺通2-8-23(TEL 092-761-0604)
『中央版』東京都千代田区西神田2-4-1東方学会ビル3階(TEL 03-3234-4700)

<2009年9月15日号>

39号『ニーハオ玄海』
*「荊軻(ケイカ)を想う(2)」暗殺に失敗、秦王に逆に殺され、7年後に始皇帝が誕生 *「暗き世の反戦の歌」紹介最終回 *支部事務所大掃除 *中国便り *『ウイグル暴動の背景と経済格差(大西広)』抜粋


389号『福岡県連版』
*第48回定期大会を前に 記念講演は「日中友好運動の誇りと確信、そして展望 <変革の力を持つ国民的な運動へ>」*中国東北三省訪問の旅(1)中国残留日本人孤児福岡裁判弁護団代表とともに *「どうか二世を助けてください」墓前で願う 中国帰国者 今年も墓参 

2170号『全国版』
*戦争を歴史とし、平和で未来を描く 南京で「日本の8.15」漫画展 *日中世論調査「マイナス73.2% 65.2%」*日中経済関係の動向 中国が最大の輸出先へ(井手啓二) *書籍紹介広い視野から現代中国をとらえる『現場からの中国論 社会主義に向かう資本主義』(大西広著) 人気連載中の話題が無尽蔵な『漢語的不思議世界』(一海知義・筧文生・林香奈共著) *漢字漢語(後差と前差 热と暑)*中国映画スター物語 第八世代の徐静蕾 (石子順)
三題話090916

 中国情報 ② 「無座の客」
 胡錦涛の幼い頃の「故郷」の縁で泰州駅は05年に出来た由。以前の地図には線路もない。町中には適地がなく「とても遠い」と言う通りの距離。でも何便か始発駅にもなっている。
私の初旅は、泰州始発K224広州行きで8時間先の黄山に向った。次も泰州始発K257ハルビン行き寝台車で13時間先の北京に行った。寝台でなく座席でも「無座」に比したら極上だ。立ったままの目が座席の顔を見るのだが、無座の経験者としてよく分る。
内蒙古では寒かった記憶とも重なる。上海・蘇州間の無座も何度も経験したが1時間だから大したことない。この後、黄山~広州19時間、北京~ハルビン14時間。これら無座の客達を思う。一方待合室で荷を足元に置かず椅子を占拠する横暴者の多さも悲しく思う。
 中国信息 ②“无座位之客”
 泰州是一个非常偏僻的地方,在以前的地图上连线路都没有,但因泰州是胡锦涛小时候的“故乡”之缘,自从05年胡锦涛来过泰州车站之后,现在这里却成为有好几班始发列车的车站。
我的最初旅行是泰州始发的K224开往广州方向8小时到达黄山的列车。第二次也是泰州始发的K257开往哈尔滨的卧铺列车13小时到达北京的列车。别说卧铺的乘客,就是座位的乘客,和无座位乘客相比都高高至上了。
站着的眼神看到有座位者的脸的感觉,作为无座位经验者的我非常理解。
内蒙古的寒冷让我记忆犹深。我经常在上海和苏州之间站着,因只有1个小时车程也不是什么大不了的事。但之后,黄山~广州19小时车程,北京~哈尔滨14小时车程,难以想象这些无座位的乘客们。但另一方面在等待室里有些乘客不但没有把行旅放在自己脚下反而霸占椅子者之多感到伤悲。

日中友好運動①「思惑違い」
 ある旅の目的は教え子の両親に会うことだった。それと同時に家族の生活を保障し、院生になった彼女の修論のテーマの舞台でもある中国の炭鉱を垣間見ることだと伝えていた。2泊世話になった。切符の一部も買って貰った。至れり尽くせりに私は感謝。しかし、「鬼の期間は外出を嫌う」中国の風習とかで期待の炭鉱見学はその日突然阻まれた。
 良かれと思って双方お金も時間もかけた出会いだった。それは今後の関わりを深めるはずだった。でも逆に別れる運命だと悟るに至った。最も大事だと心を込めていることが双方に軽くしか理解されていなければ仕方がない。日本人同士の間にも生じる。まして日中の異なる国間では一層拡大して食い違いが生じる。教訓を次に活かして前進するのみだ。
日中友好运动①“徒劳无功”
 其中有个旅行的目的是去见学生的父母。与此同时保障家人的生活,成为研究生的她研究题目是以中国的煤矿作为背景的。接受2天的款待,也给我买了一部分的车票,我由衷地感谢他们。但是,中国的风俗“鬼节忌讳外出”正好和煤矿参观的日子冲突所以没看成。
虽双方花了金钱时间但万幸见了面。这应该会加深今后的关系,但却感到是关系决裂的时候。最重要的事情双方都轻视地理解了,真没办法。哎!在日本人之间也一样,更何况中日之间不同的国度,这种误会更加大。只有吸取教训了。


中国の若者①「日本語クラブ発足に」
江蘇畜牧獣医職業技術学院の学生との出会いは、次のような形で始まった。
私は初授業の日「授業開き」案をその都度想定する。日本語の力が異なる学年のクラスだから、2年3年の2通りを必要とし、その上の複数バージョン作成だった。ゆっくり話せば分るとの事前説明だったが、初日の9月7日、挨拶以外の必要な情報提示は困難だった。それでも可愛い学生120人と顔合せし、学校側が期待する「日本語クラブ」の発足を10日後には実現する見通しがついた。どこの学校にもやる気ある学生はいるものだ。
 二年生2クラスにクラブ責任者を募ったら、2割の学生が応じた。準備会で役割や手順を決め具体的するのだ。以前のショウ州、ハルビンでの経験がここでも活きることになった。
中国的年轻人①“发起日语俱乐部”
和江苏省畜牧兽医职业技术学院的学生的见面,是以下面的形式开始的。
我第一次上课时假定了“开课”计划,因日语能力不同的年级,2年级和3年级必须有两种备案,同时也作了好几种版本。虽然事先说明如果慢慢讲的话能理解,第一天上课是9月7日,除了问候以外很难提示其他必要的信息。虽然这样,和120名可爱的学生都见了面,校方期待的发起“日语俱乐部”在10日之后开始进展。在哪的学校都有努力认真的学生啊!
  在二年生的两个班级里募集俱乐部的负责人,竟然有20%的学生报名。筹备会里具体分担了角色和安排了进展次序,以前在苏州,哈尔滨的经验在这里派上用场了。

<連載>日中友好協会新聞・雑誌の部分紹介

現物は以下の場所にご連絡下さい。
『ニーハオ玄海』福岡県福津市宮司4-12-17(TEL 0940-52-1246)
『福岡県連版』福岡市中央区渡辺通2-8-23(TEL 092-761-0604)
『中央版』東京都千代田区西神田2-4-1東方学会ビル3階(TEL 03-3234-4700)

<09年9月5日付>
@ 38号『ニーハオ玄海』 *「荊軻(ケイカ)について考える」津屋崎に暴力団がビル購入。任侠の祖とも言われる荊軻とは似ても似つかぬ存在。*「7.7~9.18日中不再戦平和期間に寄せて」反戦歌紹介。
@ 388号『県連版』 *「2000名県連に向けて」4年計画の第一段階着手*「留学生のお世話と私の思い」日中の架け橋
@ 2169号『中央版』*「世界一争う中国製太陽電池」 *「二つの南京映画」

@ 98号『季刊中国09年秋季号』*「新中国の経済の60年」(酒井正三郎) *[建国60周年の文学的営為をめぐる覚書  啓蒙をめぐる格闘](宇野木洋) *「建国60年を迎えた中国に思う」(吉岡務)

本文「320字」・中国からの三題ばなし090901

中国情報 ①「江蘇省泰州に来て」
福岡を発ち2時間弱で上海着。東京より近い。上海浦東空港に「江蘇畜牧獣医職業技術学院」の迎えの車が待っていた。高速道路を猛スピード、4時間で泰州に着いた。
二年振りの中国生活がまた始まる。ここ学校辺はだだっ広い感じ。我が部屋は2.5LDK、この地に相応しいのか兎に角広い。ハルビン師範大学以上。夏場のごろ寝だと十数人は泊れる。買物は不便。我が宿舎から外に出るには、当面日本語教員の車に頼る他ない。
5ヶ月の短期契約だから大物は買いたくないが、バスもタクシーも”大学村”辺は少なさそう。中国人教員Zサンの電動車は2200元。それが活動的にしている。私の携帯も決まった。159 5115 8410。スカイプなら「石津宏介」での呼び出しで可。交わりの楽しみが膨らむ。

中国信息“来到江苏省泰州”
从福冈出发不到2小时到达上海,比去东京还要近。“江苏畜牧兽医职业技术学院”的迎接车已在上海浦东机场等候,高速路上疾驰4小时后到达泰州。
时隔二年后又开始了中国的生活。感到学校周围很广阔。我的房子2.5LDK,和这里相应的非常的宽敞,比哈尔滨师范大学还大,夏天可以住宿十几人。购物很不方便,从宿舍到外面,只能拜托对面日语教师的车。因为5个月的短期契约,不想买大件物品,“大学村”周边公交车,出租车好像也很少。
中国人教师Z先生的电动车2200元,正用它来展开各种活动。我的手机也决定了。号码是:159 5115 8410。如果是Skype(一种聊天工具)的话呼叫“石津宏介”就可以了,期待着交流中的喜悦。

 中国での津屋崎紹介①「黄山の人」
中国に戻っての最初の旅は、「卯建つの発祥地」とされる安徽省黄山の阿部さん訪問。『つやざきまっぷ』紹介と「中国語版」発行報告のためだったが、この阿部さんは、小説『玄海を跨ぐ』中で、勝手に「高田陽子」のモデルにしていた人。東京の人だが中国に家も仕事場も持ち、日本と中国を行き来し半世紀以上、商売と共に日中友好運動も進めてきた。
私が母親のように慕うこの人は、津屋崎の東郷公園に行ったこともある由。東郷平八郎について「戦争は嫌」と明確だが、日本人個人としては尊敬したいと言う。小説の中で、「高田陽子」は藍の家を訪問し「富美子」と言葉も交している。私の想像よりはるかに豊富な体験談を、実際に藍の家やなごみ館などで沢山の人が聞けたらいいなと改めて思った。

在中国的津屋崎介绍“黄山之人”
时隔二年后回到中国的最初旅行是访问“卯建的发祥地”安徽省黄山。是为了介绍『津屋崎地图』,报告“中国语版”发行,阿部先生是小说〈跨越玄海〉中虚拟的“高田阳子”的原像。东京人在中国有家也有工作,往返于日本和中国之间,半个世纪以上贸易的同时也从事中日友好活动。
像母亲一样仰慕的她来过津屋崎的东乡公园,关于东乡平八郎聊天也有。明确宣扬“讨厌战争”,作为日本人个人也很尊敬。小说中高田阳子访问蓝之家时也和富美子进行言语的交流。从新认识到和我的想像相比,极其丰富的体验谈若能实际在蓝之家,七五三馆等倾听该多好啊。..

  中国の年寄りたち①「若返り」
 尊敬する阿部さんは83歳。二年前中国を去る際に安徽省黄山の家を訪ねた時より、今回ずっと元気に見えた。その一番が足の快復だろう。プールで歩いてよくなしたのだと言う。
 私は時々右膝を痛める。三年前の蘇州の一年間は杖を突いて過していた。また悪くなるかも知れないことを心配した阿部さんは、骨粗しょう症対策の一つとしてスキンミルクも私に勧める。ずぼらな私を朝、歩くことが大切だと大河の岸の公園散歩にも連れ出した。
 しげしげ顔を見ていると、艶もある。若い頃はチャイナドレスで店にも出、トラックを運転し、人を使っても来た。建国15周年記念式典で天安門に立てた程の実績、面倒見のよさは今尚健在。交流を求める旺盛な好奇心が、私と同年代並みの若さの秘訣なのだろう。
中国的高龄者们 “返童”

 尊敬的阿部已经83岁了。自从二年前离开中国时去安徽省黄山的家探望到现在,这次看起来更加的健康。第一该是脚步的快活了,说是在游泳池里步行治疗好的。
我有时候右膝疼痛。三年前在苏州一年拄拐杖度过的。担心还有可能恶化的阿部推荐我用作为预防骨质疏松症之一的脱脂乳。说平时不注意的我在早上走路很关键,还带我到大河对面的公园去散步。
  看到结实的脸庞,也有几分的艳丽,年轻时候穿着旗袍开店,驾驶卡车,进行人事安排,建国15周年纪念仪式的日在天安门上会横排的实绩那样,周到的照顾,这些现在还健在。追求交流的旺盛好奇心,是保持和我同年代年轻的秘诀吧!
(090831)