日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

2011/02123456789101112131415161718192021222324252627282930312011/04

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
110323紙誌紹介

連載『日中友好協会 紙誌部分紹介』2011年3月15日号


『ニーハオ玄海』85号

*「華南の旅に寄せて・漢詩シリーズ④」『塞外雑詠 林則徐』。

*「バターン死の行進」岡田外務大臣が米兵に公式謝罪!『アジア人にはなぜしない?』(読売新聞の記事などから)。

*「広東グルメ名店一覧」(赤塚不二夫『マンガ中国百貨知識』より)

*「3月定例県連理事会開く」。

*空気を読む『日本の反中、中国の反日』(井上久士)。

*ご購読のすすめ『日中友好運動のあゆみ』。



『福岡県連版』428号

*「福岡県に6090人の中国人が拉致・連行されていた」『第2回強制連行県内跡地探訪に45名参加』。

参加者の感想「貴重な体験ありがとう。真実を明らかにする作業を。記念碑建立、資料出版を。現代版、外国人技能実習生。日中友好新聞を読みます」。

*中国事情講演会『マスコミが伝えない現代中国の実像』講師 大西広「4月5日(火)福岡市人権啓発センター。リバレインオフィス10階。4月6日(水)太宰府市劇団道化アトリエ」。

*「中国に関心が無い人に勧めても?」「『仲間を増やす運動』で熱心に討議」(福岡支部理事会)。

*興奮して聞きました「第3回中国社会の勉強会」(北九州協議会)。

*『東西南北』「市民と交流 玄界灘」。「町の交流事業に協力」。

*セリフと朗読で綴る「嵐圭史ワールド」3月31日(木)19時大濠公園能楽堂「楽しく聞こう“歌舞伎”から“平家物語”の世界まで」。

*「解放運動無名戦士追悼会 募金のお願い」「故原博道県連副会長合葬」。

*『第20回中国語発表会』「4月10日(日)13時20分・アクロス福岡606会議室」。

*全世界が泣いた映画『唐山大地震』(1300円 問い合わせ県連合会まで)3月26日から上映。

*福岡公園の感動を再び『北京楽団―中華総工会文工団』のDVD完成(2000円)。


『全国版』2219号

*『在日中国人の役割を考える』「中日ボランティア協会5周年シンポ」「朱建栄さんらが貴重円悦・日中友好協会も協力・日中が互いに隣人として」。

*「中国漢方豆知識⑧陰陽論(2)」(陶恵寧)。

*「私と中国」戦争遺跡ガイド 明治大学大学院生 石橋星志『靖国神社は最適の研究対象』(東)。

*「随想」『協会が役割発揮し日中友好の前進を』(岡村芳雄)。

8「“新々支援策”実現めざし」『中国帰国者支援・関東市民連絡会』が発足。

*「南船北馬」「3.1ビキニデー。新しい呼びかけ人たち」(竹)。

*『日中友好の輪を広げ 2万人の協会へ』(理事長 田中義教)。

*「『日中友好太山小学校募金』を呼びかけ」(NPO中国帰国者・日中友好の会 03-3835-9357)。

*「今後一年は現状維持」が52%『日中関連 中国の世論調査』(J)。

*「中国レーダー」『医療費はなぜ高い 保険や病院の金儲けで議論』「加熱投薬も経営の支え・2%上げるのに30年も・営利性と公共性の結合」(石田聡)。

*「中国残留孤児が要望する『新・新支援策③』」「収入認定除外率・繰上受給者の調整」(弁護士 米倉洋子)。

*「中国の伝統楽器を語る⑤簫と笛(最終回)」(華)。

*「中華 綺聞怪談⑧」『流紅悲恋(3)』(荘魯迅)。

*「東西南北」

*『仲間づくり』」推進コーナー「すべての組織が『計画書』の詠出を!」。

*『劇団道化』の東京公演「残留孤児の暮らしを描く“吉林食堂”」(千)。

*『きりえで描く中国 レトロな町・九フン』(田中陽子)。

*「日中漢字比べ」『喝と飲』(トウ岩)。

*「写真で見る中国の旅」協会カレンダー写真・撮影エピソード『3月白水河(雲南省)』(国友和喜子)。

*「漢語の散歩道」『秋水百年』(一海知義)。

*「中国の映画明星(スター)物語」『巨匠に“老師”と呼ばれる女優 徐帆②』「徐帆と憑小剛の結婚」(石子順)。



現物は以下の場所にご連絡下さい。

『玄界灘支部ニュース=ニーハオ玄海』福岡県福津市宮司4-12-17(TEL 0940-52-1246)

『福岡県連版』福岡市中央区渡辺通2-8-23(TEL 092-761-0604)

『全国版』東京都千代田区西神田2-4-1東方学会ビル3階(TEL 03-3234-4700)

[110323紙誌紹介]の続きを読む
スポンサーサイト
原稿は、早くに届いていたのですが、公開が遅くなりました。ひとみ

<福岡からの旅行団>

日中友好協会玄界灘支部創立3周年と、自ら主催する『中国近現代史講座』の一区切りを記念し、『陽春の華南の旅(広州・虎門・開平)』と銘打つ中国旅行があった。私は授業の合間に参加。旅行団20余名に歓迎の意味を込め学生らと工夫した「銅鈴」を手渡すためだ。

福岡の教え子の兄で広州に住む人が、私の夜の出迎えとホテルを提供してくれた。申し訳ない気持だ。中国人の熱い歓迎の気持をここでも私は感謝しながら受け止めた。

旅行団はこの間、中国第三の河、珠江を何度となく身近にし、「アヘン戦争」「林則徐」「黄浦軍官学校」「孫文」らを偲び、何より上海とは異なる広州の歴史と明るい雰囲気を垣間見た。しかし何と言っても今回は、福岡の人との珍しい出会いと併せ、東北関東大地震の報道を異国の地で一緒に観ていることの不思議以上の不思議はない気がする旅だった。


<来自福冈的旅行团>
                  (翻译 刘秀凤)

为了纪念中日友好协会玄海灘支部创立3周年和自主举办的“中国近现代史讲座”的完成,举行了作为中国旅行的“阳春华南(广州・虎门・开平)之旅”。我在授课期间也参加了此次旅游。也为了送我和学生们一起做的欢迎旅行团20多名成员的“铜铃”给他们。

我有个福冈的学生的哥哥住在广州,晚上来机场接我还给我订了宾馆,觉得很抱歉!感谢的同时也理解了中国人的热情招待。

旅行团在此期间,亲临了中国的第三大河――珠江,追忆“鸦片战争”“林则徐”“黄埔军校”“孙中山”等,比起什么都重要的是一瞥了和上海不同的广州历史的明朗氛围。如论如何,这次和福冈人珍贵的见面及在东北关东大地震的报道中能在异国和家乡人一起相见,简直是不可思议中的不可思议旅行。


<古い中国映画をめぐって>

私に「老三届」を教えてくれた櫻田さんに誘われまた懐かしの中国映画を教え子と共に観に行った。「自力更生」を謳い南京に架けた「長江大橋」建設の記録だった。同じ題だが政治的思惑の違いから3部も編集していたらしい。その一部「走資派打倒」編だったから、毛沢東万歳・劉少奇打倒の唱和を、繰り返し観客は見聞きしたことにもなる。

教え子たちには毛沢東の実像すら遠い昔のことである。過去のことで知る由もなかった。

終った後、その日が24歳の誕生日だった櫻田さんの教え子を祝う若い人の場にも出た。誕生ケーキの分量の多さに驚いたが、このケーキはこれまで食べたのと違って日本のと殆ど同じ味。私の口に合った。この場にいた当日の映画会の主催者の一人は、失われかねない映画作品の保存をライフワークにしている。頭の下がる若者に会えたのも幸せである。

围绕中国老电影
              (翻译 刘逸舟)

我受教给我“老三届”的樱田的邀请,和我的学生一起去观看了令人怀念的中国电影。

看的是歌颂自力更生,在南京架起长江大桥的纪录片。虽然是同样题材,但是由于政治思想的不同,所以好像拍摄了三部。其中一部编写的是打倒走资派,观众也反复地听到且目睹了电影中人民群众对“毛泽东万岁,打倒刘少奇”的附和。

关于毛泽东的功与过对于我的学生来说是很久远的事情了,所以他们不知道也是于情理之中的。

那一天正好是樱田的学生的24岁生日,电影放映结束之后,年轻人出场给他庆祝生日了,我虽然惊讶于生日蛋糕的分量之多,但是这个蛋糕和我以前吃到的蛋糕不同,有着和日本蛋糕差不多的味道,很合我的口味。当天这场电影会的主办者的其中一人好像是以收藏容易丢失的电影作品最为终生大业的。可以遇到这些令人佩服的年轻人是幸运的。


『上海雑記』『北京―パリ』・『中国報告』等

中国に関する様々な情報が飛び交っている。私もその渦中で文を書き、ブログなどで伝えて来た。息子(二男)が上海を訪れた時の印象を記した文が雑誌に載った。私の目には映っていない街の様子がそこにある。若い人もまた自分の目で確かめて表現するのがいい。

長男制作のテレビ作品『北京からパリへ』のDVDも送って貰った。日本のテレビ録画をも再生するPioneerの特別DVD機を購入したお陰で、中国にいて観ることが出来るのだ。

この北京から出発するクラッシクカ-レースの存在自体、私は知らないものだった。

私たちは多様な情報に触れていたい。それだけ偏見を排除した事実の理解を深めるだろう。そうした過程を経ながら真偽を見分ける力をつけていきたい。中国人学生にしても同じである。『上海雑記』を読み、その一部を翻訳した教え子の努力もまた高く評価できよう。


关于《上海杂记》、《北京---巴黎》、《中国报告》等
                         (翻译 许旻)

如今关于中国的各样消息满天飞,而我也在这漩儿里写了些东西,在博客上也发表了一些自己的看法。二儿子写的关于当时来上海时的印象的文章被刊登在了杂志上,而其中也有之前从未进入过我视野的街景。年轻人就是要用自己的眼睛去见证、然后去表现。

长子把他制作的电视节目《从北京到巴黎》的DVD给了我。多亏买了能放日本电视录像片的Pioneer的DVD机,才能让我即使身在中国也能看这录像片。

而关于这个从北京出发的古典拉力赛存在的本身,我是一点都不知道的。

我们应该去接触多样的信息,也正唯如此才能消除偏见,加强自己对事实真相的理解,并在经历那样的过程中不断加强分辨真伪的能力。对于中国学生也是如此。对看了《上海杂记》,并对其中一部分内容进行了翻译的学生的努力也应该给予高度评价。
110307紙誌紹介

連載『日中友好協会 紙誌部分紹介』2011年3月5日号


『ニーハオ玄海』85号

*「華南の旅に寄せて・漢詩シリーズ③」『邱逢甲作 鎮海楼』。

*「日本『世界第3位』確定 そして 中国、25年に首位」内閣府統計(朝日新聞転載)。

*「『華南の旅』参加者は20名超!。

*「“中国近現代史講座”を終えるにあたり」『朝鮮の近代史も学ぼう!』(岩佐英樹)。

*『日中友好協会玄界灘支部3月計画表』。


『福岡県連版』427号

*「日中友好協会60年の歴史を学び 日中友好の未来を切り開く学習会を開く」『10年連続増勢に向けて』

参加者の発言「文化活動・交流。強制連行問題。活動の進め方。仲間を増やす運動」。

*『小沢和秋氏が特別報告』「20名が発言」。

*『新年のつどい 愉しくにぎやかに』「会場で入会者も 留学生も8人参加」(八幡)。「ヤンコ踊りで輪が 三味線・二胡も」(福岡)。

*『東西南北』「“華南の旅”大台突破(玄界灘支部)。「中国語講座始まる(田川支部)」。「嵐圭史さんが来福」(福岡県連)。

*『中国人強制連行・強制労働の語り部 長沢カツ子さんを悼む』「強制連行の労工にも分け隔てなく・元労工方裕昌さんとの再会・福岡訴訟にも努力・真の人道主義者」(県連合会副会長 岩佐英樹)。

*『日中貿易促進会――その運動と軌跡』(1500円 申し込みは日中友好協会福岡県連合会へ)。

*福岡公園の感動を再び『北京楽団―中華総工会文工団』のDVD完成(2000円)。



『全国版』2217号

*『人びとの暮らしや風景 迫力ある作品の数々』東京で「現代中国の美術」展。「現代美術の変貌を紹介・増えた“女性像”の描写・“日中共通の題材”に共感も」。

*「中国漢方豆知識⑦陰陽論」(陶恵寧)。

*「随想」『正月は七福神めぐり』(坪内正彦)。

*「南船北馬」「変化。蹴鞠。サッカー」(橋)。

*『日中友好の輪を広げ 2万人の協会へ』(理事長 田中義教)。



*「核兵器廃止へ『新国際署名』を」「長崎・広島・東京でスタート」(O)。

*「被害少年が意見陳述」『遺棄毒ガス敦化事件訴訟』(東野)。

*「中国レーダー」『都市住宅改革の光と影』「住宅の商品化進む・異常な価格高騰・不動産規制を強化」(井手啓二)。

*「中国残留孤児が要望する『新・新支援策②』」「配偶者支援の充実を」(弁護士 米倉洋子)。

*「私の見た日本文化」(欧陽ウェイイー)。

*「中華 綺聞怪談⑦」『流紅悲恋(2)』(荘魯迅)。

*「東西南北」

『支部・県連の活動』「みなが持ち味発揮(大阪西支部。全員主役の文化祭)・あゆみ普及で更に前進(兵庫県連の団体訪問活動)」。

『太極拳で総会と講習会』「体の動かし方の基本学ぶ(和歌山県太極拳同好会)」

『春節。新年の集い』「李領事が祝辞で“平和”強調(札幌支部での新年交流会)・“よみがえれ青春”と高らかに(新春の集い 伊勢崎太極拳教室)・賑やかに春節祝う(兵庫県連)・不戦の思い新たに(高知香長支部新年のつどい)。

*『仲間づくり』」推進コーナー『中国人留学生との交流 若い世代との接点』。「日本の青年との接点を広げる上で、中国人留学生との交流を特別に重視することが大切だ」。

*『内山完造の業績を学ぶ』「姫路支部バスツアー」(本行清)。

*『中国的生活 NOW!』「遅い・高い上海のネット」「利用者4.57億人・ネット購入も盛ん・市長がスピードアップ目標設定」(上海在住 福永平和)。

*「中華一番」『猪肉オウ丸』(坂元廣子)。

*“中国映画紹介”「絶望から光を求める」『再生の朝に――ある裁判官の選択』(石)。

*「漢語の散歩道」『手談』(林 香奈)。

*「中国の映画明星(スター)物語」『巨匠に“老師”と呼ばれる女優 徐帆①』「舞台から映画へ」(石子順)。



現物は以下の場所にご連絡下さい。

『玄界灘支部ニュース=ニーハオ玄海』福岡県福津市宮司4-12-17(TEL 0940-52-1246)

『福岡県連版』福岡市中央区渡辺通2-8-23(TEL 092-761-0604)

『全国版』東京都千代田区西神田2-4-1東方学会ビル3階(TEL 03-3234-4700)



110305中国報告

三題ばなし(再び中国から)その37  110301

      来自中国的三个话题

<慌しい新学期>

授業も日本語クラブも始った。色々楽しみにしていただけに、謂わば待ちに待った感じだ。が、大学は日本でも同じだろうが、始業式が特別にある訳はない。淡々と始まる。

日本語クラブは、授業の時間割の関係で月曜日の昼休みから木曜日の放課後に変更した。それに伴い松江に泊る曜日も木曜にした。授業が終ってすぐ専家楼に戻るのではゆとりがない。この大学の中国人教員の多くも同じ。流されればゆとりを失う外なさそうだ。

卒論の指導も具体化する。全国的なスピーチコンテストの代表選びや、指導も始まる。私としては、知らなかった世界を一層知ることになるのだが、関ってくる学生等との仲も当然深くなる。その分、対手に対する要求は増す。すると学生の中に、私を「反中国」としてご注進に及んだ者さえも過去には出た。ここ上海ではどうなるか、楽しみでもある。

匆忙的新学期 (翻译刘逸舟)

课程和日语俱乐部都已经开始了。我一直有着很多期待,也就是所谓的盼望已久的感觉吧。开学典礼并不是很特别,在日本的大学也应该是相同的吧。新学期就这样平淡的开始了。

由于课程的时间关系,日语俱乐部由周一的午休时间改到了周四放学后,与之相伴,我在松江住的时间也改到了周四。上完课马上就回专家楼的话没有时间,这所大学的很多中国老师也是这样。所以,课程结束之后,就失去了为学生去做些什么的时间和心情。

毕业论文的指导也具体了。全国性的演讲比赛的选手的选择、指导工作也开始了。对我来说,变得更加懂得以前不太了解的世界,和与这有关的学生们的关系当然也加深了。所以对于那些学生们的要求也高了。这样的话,过去在学生们中也有过向上级反应我,说我是反华的人。这里上海会怎么样呢,我很期待。

<映画『The big country』等>

高校生時分に観ていた《the big country》を上海で観ることが出来た。悪党の父親ルーファスの台詞回しに惹かれ、授業の際の読みで、出来もしないのに懸命に口調を真似ていた。暴力を嫌う勇気ある男の生き方が印象深かった。だが中身は殆どを忘れていた。グレゴリーペックは渋く、ヘストンは脇役、ジーシモンズが綺麗で愛らしくあったのも思い出した。

同じ日、『真夜中のカーボーイ』が深夜あった。私は初見だが、櫻田さんには画面に重なる深い体験のあることを後で聞いた。テレビ放映の録画分で『警官の血』4時間近くも一気に観た。学生時代に体験した同じクラスのスパイをしていた警察官の存在を当然にも重ねながらだ。

若い日の思い出は、半世紀以上経ても切り取った写真のように鮮やかに残る面がある。中国の学生たちの諸々の見聞で、半世紀後に残るのはどんなものか、語らうのも楽しい。

关于电影《The big country》等    (翻译 许旻)

高中时代就看过的《the big country》,我竟在上海也看了。因为当时我被无赖父亲路福斯说台词时候的语气给迷住了,所以在课上念课文的时候,即便是自己学不来也要拼命模仿那语气。印象很深的是那个厌恶暴力且有勇气的主人公的生活准则,不过电影的内容大体上都已经淡忘了。只是还能回想得起来Gregory Peck精湛的演技,配角Charlton Heston,还有漂亮可爱的Gene Simmons。

同一天深夜里播了《深夜里的牧童》,我是第一次看,看完后问了樱田是否有过与电影上类似的经历。之后电视里又放了《警察血统》,虽然播了将近四个小时但我还是一口气看完了。电影里出现的警察,也使我回想起来学生时代曾同在一个班里呆过的假借警察身份的间谍,当然这也使我掺杂着当时的心情看完了这部电影。

年轻时候的回忆,即便是过了多半个世纪也仍似拍过的相片那样鲜活地残存着。而在中国学生的诸多见闻里,与学生一同谈论半个世纪之后可以存留下来的,并且可以回想起来的会是什么,我想这将会是一件非常有意思的事情。

<専家教員の交代>

息子家族が上海での生活を考えていることが分った時、実現すればどんなに幸せだろうと思っていた。親子三代での生活は日本でも簡単ではない。それが異国で実ればこれ以上のものもない。息子は採用試験で、私が辞めた後の上外大日本語専家教員には合格した。でも私がまだいる今年の夏からの一年の上海生活を私たちは夢見たのである。

三世代が一つ屋根の下で過すためのウルトラ案が提示された。息子を専家教員にして、家族はもとより、親である私も「家族ビザ」を取得し、予定通り二年目の上海滞在を満喫するという案である。想定外だっただけに驚いた。しかし、よく考えたらこれ以上の幸せもない。が、上海政府要望の「60歳以上労働ビザ支給不可」を実現させたことにもなった。

今、夏以後の共同生活を想像し、部屋替えや孫たちの学校生活準備も始めている。

<专家教师交替>    (翻译 刘秀凤)

当得知儿子一家人考虑在上海生活时,我想如果能实现的话是多么幸福的事情啊!在日本子孙三代人一起生活也不是简单的事,这要是在异国他乡实现的话,没有什么能比这更好的。儿子通过招聘考核,成功地被录取了在我辞职后担任上外大的日语专家教师一职。我们连做梦都没想到,从今年夏天开始,一起过有我在的一年上海生活。
为了三代人同住一屋檐下提出了超级方案,儿子作为专家教师,家人是必须的,就连作父亲的我也申请“家族签证”,和预算的一样可以享受在上海呆两年。意料之外非常的惊讶!但,仔细考虑后决得没有比这更幸福的事情了。也实现了上海政府要求“60岁以上不给颁发劳动签证”的规定。
现在,想象着夏天以后的共同生活,更换屋子、也开始给孙子们准备学校生活了。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。