日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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(会場)  中級(大和公民館)   初級(ボランティアハウスふくま2F)
講師 吉田琢斗先生(中級)     郭璐先生(初級)
第1.2.4木・19:15~20:45        第1.2.4木・16:00~17:30 

1月 8日 15日 22日
2月 5日 12日 26日
3月 5日 12日 26日
4月 2日 9日 23日
5月 7日 14日 28日
6月 4日 11日 25日

日中友好協会玄界灘支部(担当・川辺愛敏

中級・初級日にちは同じですが、時間と場所が違いますので注意してください。

                   日程表
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文化講演「首羅山遺跡と中国」

「薩摩塔」~中国貿易商人の活躍と深い関係~

1月21日(木)、文化講座「首羅山遺跡と中国」が福津市の「ふくとぴあ」でありました。
遠く福岡市からも福岡支部の大井事務局長が駆けつけてくれました。
講演の中心は首羅山頂にある薩摩塔に関わって、「九州の東シナ海沿いにある薩摩塔の由縁」についてでした。講師は久山町で地元の郷土史に関わっている日中会員の松尾健二さん(59歳)。

この不思議な形の仏塔が研究者の目に止まったのは1958年に鹿児島において。そこで「薩摩塔」命名されました。
今日では三十いくつもの薩摩塔が見つかっており、それも長崎から福岡にかけての北部九州に圧倒的に多い。
この近辺では首羅山はじめ志賀島の火焔塚、福岡市堅粕などがあります。
13世紀の平安末期から鎌倉時代、博多などで活躍していた中国貿易商人(綱主こうしゅ)の信仰と深い関係があるとの説が有力です。
石材は中国産(浙江省)のものが多くみられるといいます。
中国商人たちが航海の安全を願い、財産の安寧をねがい、そして故郷を偲んで建造したのでしょうか。
首羅山に薩摩塔があるのも当時、隆盛を極めていた首羅山の頭光寺(350僧坊=最盛時には木谷100坊、西谷100坊、山王50坊、別所100坊あった)と博多の中国商人の深い関係を想像させます。
玄界灘支部ではすでに首羅山には2度の「日中歴史探訪」をしましたが、九州にしかないこの薩摩塔を訪ねるツアーも実施したいものです。
第11回福津市ボランティア交流会

玄界灘支部の活動全般と苦労と展望を報告

2月28日(日)午後、「ふくとぴあ」で第11回福津市ボランティア交流会が開催されました。
参加者は約50名。支部役員から岩佐さん、野中さん、ひとみさんが参加しました。
展示コーナーでは支部のこの1年間の取り組み「台湾省の旅」などをパネルで展示し、日頃の活動を市民の方々にPRしました。
「団体活動発表」では全70団体を代表して「津屋崎千軒 海とまちなみの会」「日本語教室 わかば」「エスペランサ(障害者と健常者のダンスクラブ)」と「日中友好協会」
の4団体が日頃の実践の楽しさと苦労を報告しました。
玄界灘支部は岩佐事務局長がレジメで日常の活動説明、役員会の大事さ、活動の大変さと展望について語りました。
最後に参加者が6グループに分かれて意見交換を行いました。どのボランティア団体も会員の高齢化と役員づくりに腐心していることがよ くわかりました。 
今後、玄界灘支部を更に発展させて行くには、私たちも市民の目線に立った、市民に役立つ日中友好運動を創造・発展させなければとの思いを強くしました。

                                  交流会会場・玄界灘支部の展示

2015.1,16
年頭所感

                             松崎佐

世界史にアジアの時代年新た

新年の早も始まる中国語

九条は平和の星よ初御空

いざ励む日中友好明の春

文化講演

「日本植民地(台湾、朝鮮)におけるハンセン病政策」


明治以来、国家によって親や兄弟から切り離され、非人間的な「隔離」が強制されたハンセン病の人びと。言われなきその人権侵害の実態は?日本の植民地だった台湾や朝鮮ではどうだったのだろうか?

講師  松岡節子さん
福岡市退職教職員
現在、「国 立療養所菊池恵楓園」ボランティア

●日時・3月25日(水) 19時~20時30分
●会場・ふくとぴあ(福津市手光)
●資料代・500円


連絡先・岩佐英樹(福津市花見が浜)

主催・日中友好協会玄界灘支部
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