日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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戦後七〇年日独の相違

2015.3.12  松崎佐

米独も距離置く日本歴史孤児福島に学びしメリケル来日す
新居には帰れぬ被曝地春の夢妻や子に引かれて来る梅日和

                                       梅

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沖縄は平和な日中関係のキーストーン

~戦争につながる施設はもういらない~

2月28日(土)に福岡市で「オール沖縄の共同に学び、沖縄のたたかいと連帯する報告集会」があった。
沖縄から衆議院議員・仲里利信さん(無所属・77歳・元沖縄県議会議長、元自民党沖縄県議団長)と安里接嗣頼さん(沖縄民報編集長)が報告をした。
安里さんは終戦時から辺野古基地建設反対運動までの沖縄の闘いをスライドで説明した。
仲里さんは自ら尽力した『オール沖縄』ができるまでの経過と公約を破棄した仲井眞前知事と自民党4国会議員が県民から見捨てられた一連の選挙戦を自分の体験を織り交ぜながらユーモア―を交えて話した。
保守の政治家ならではの苦労としぶとさがよくわかった。
また、琉球王国時代から沖縄が関係の深い中国・福建省とは、現在「友好省・県」であることを生かして、日中間の平和な関係確立に頑張っている、まさに「沖縄は東アジア平和のキーストーン」になれることも報告した。
さらに、国家予算が少なくて出来る辺野古に基地を押しつけ、反対する県民の声には一顧だにしない日本政府に対し、かつてのような独立国に戻ろうという声が日々聞こえてくるようになったとも語った。
平和に安心して暮らせる社会を造るためなら保守でも革新でも一致できる、福岡県で『オール福岡』をどうつくるのかが問われた報告会でもあった。

※名刺交換し、私は仲里さんと言葉を交わした。その時の氏の言葉から…
「私は離島が広がる選挙区(沖縄4区)で当選した。相手(自民現職)を恐れ候補者がいなかった。やむなく告示直前に私が立候補させられた。全く時間が足りなかった。時間がもっとあれば、さらに差をつけることが出来たと思う」
「2月22日の与那国島住民投票は国が自衛隊基地を急ピッチで建設している最中での投票だった。島民の諦めや国のアメ(・・)が効いて、賛成派が多数になった」
基地は経済発展の阻害要因でしかない。沖縄では多数の良心的保守層も含めた圧倒的人々が、米軍であれ自衛隊であれ「戦争につながる施設はもうゴメンだ」とする強固な世論が形成されつつあると、私は仲里さんとの会話で強く感じた。(H・I)
文化講演会

「植民地(台湾・朝鮮)における日本のハンセン病政策」


講師  松岡節子さん
(元・ 福岡市教職員。現在、「国 立療養所菊池恵楓園」ボランティア)


◎ 日本のハンセン病患者に対する非人間的な政策は「隔離」政策以外、実は私たちはあまり詳しくは知りません。これが戦前、日本植民地の台湾や朝鮮になると「隔離」から「抹殺」へと更に惨い政策に変貌するのです。まさに想像を絶する闇の世界です。
長年、恵楓園(熊本県菊池市)で実践・研究を続ける当支部の松岡節子さんにその成果の一端を画像も活用しながら講演して貰います。お聴き逃しなきように。
 

●日時・3月25日(水) 19時~20時30分

●会場・ふくとぴあ・3Fのらくらくルーム(視聴覚室) (福津市手光)

●資料代・500円


連絡先・岩佐英樹(福津市花見が浜)

主催・日中友好協会玄界灘支部
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