日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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忘れまじ、花岡事件のこと

                            須田鋭一

花岡事件のことは皆様も耳にしたことがあると思います。
戦後70年、事件の勃発からもこの6月30日で70周年を迎えます。
1944年から1945年にかけて3回に分けて約1000人の中国人が秋田県県北の花岡鉱山(現大館市)に強制連行され、鹿島組(現ゼネコンの鹿島)花岡出張所が請け負った鉱山のダム工事、花岡川改修工事に使役されました。
だが極端な食糧不足、薄着のままの真冬工事などで次々と死者が出ました。
それに加えて日本人補導員の度重なる虐待にも耐えねばなりませんでした。
中国人の代表者・耿諄は「食料の増加」「補導員の虐待行為の中止」などを鹿島組の出張所長に求めましたが、拒否するばかりか殴る始末で、「このままでは全員が死亡するか殺される。蜂起して復讐しよう」と耿諄を中心に計画が練られました。
1945年6月30日夜、約800人の中国人がいっせいに蜂起しました。
だが、彼らは補導員4名を殺しただけで鎮圧され、蜂起は完全に失敗に終わりました。
一週間後には全員が捕まり、拷問などで100人以上が殺されたといわれています。
結局、鹿島組は敗戦後中国人が帰国するまでに全部で419人を死亡させました。
戦後すぐ、GHQの横浜裁判所で鹿島組所長や補導員6人は死刑判決を受けましたが、やがて全員が釈放されました。
これが花岡事件と呼ばれるものですが、当時地元でもこの事件はあまり触れる者はなく、タブー視されていました。
今でも不明な点が多いと言われています。
 ところで指導者の耿諄のその後のことです。彼は中国に帰国し、1985年にはある県の副主席になっていましたが、かつての同胞が鹿島建設に未払い賃金を求めていることを知って、彼らと共に1987年2月に40年ぶりに来日し、日本人弁護団や多数の支援者と共に日本政府や企業に戦争責任と損害賠償を要求しました。
その後、紆余曲折がありましたが裁判所の和解のすすめもあり、鹿島建設の法的責任は認められなかったが、補償金と慰霊費を支払われることになりました。
しかし、和解文には謝罪を表す言葉は一つもありませんでした。
耿諄はいつも日中友好万歳、全世界平和万歳を願っていた。
2012年8月、彼は日本人弁護団や多くの支援者に感謝しつつ逝去しました。
行年98歳でした。  
戦後50年の時には「村山談話」が発表され、かつての戦争は侵略であったとして、中国・朝鮮をはじめ各国に痛烈な謝罪を表明していますが、この談話の結語は「杖(た)すくは信(しん)に如(し)かず」とある。安倍政権も様々なレトリック(修辞法)はあろうが、要はこの結語にある。   (2015年4月12日)
 
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よっちゃん祭

~今年も市民と楽しんだ!~

津屋崎の祭である“よっちゃん祭”が4月18日(土)と19日(日)の2日間、盛大に行われました。
日中・玄界灘支部の参加は今年で連続3回目となりました。
初日は曇り空、2日目は雨のち小雨でしたが、2日間で延べ2万人の人々が津屋崎の街を訪れました。
玄界灘支部のコーナーでは例年どおり紹興酒(5年もの)と中国茶、山下さん手づくりの「桜餅」「マフィン」の販売、それに「キャンディーのつかみ取り」コーナーを新設しました。
「キャンディーのつかみどり」(ひと掴み50円おまけ付き)はこどもたちに大人気でした。
紹興酒とお茶は若干残りましたが、他は完売となりました。
また、初日には恒例の岩佐さんの紹興酒の甕割りの実演があり、大好評でした。
 「日中友好協会会員募集」のコーナーも設けました。多くの市民と、協会や中国問題に関する話ができました。
今年は入会までには至りませんでしたが、あとあとの関わりを持てる人もできました。
来年もまた「よっちゃん祭」に参加します。会員の皆様のスタッフと
しての支援とさらにはアイデア、企画等をお待ちしています。(Y/K)
 
第86回メーデー・労働者と共に祝う

日中・日越協会~ネパール大地震への救援募金を訴え

5月1日、第86回東部地区メーデーが古賀市役所前で開催されました。
代表挨拶では「戦争立法反対、残業ゼロ法案反対」が強く訴えられました。
日中玄界灘支部は「太極拳教室」「中国語講座」の宣伝チラシを配布しました。
また、日越友好協会福岡支部と共同でネパール大地震への緊急募金を訴えました(牧忠孝氏が代表発言)。
翌々日の憲法集会でも訴え、両募金(12,774円+61,320円=74,094円)を「福岡ネパールソサイアテイ」に届けました。
同団体が現地に赴き、直接手渡すとのことです。ご協力感謝。
 
松崎佐さんが逝去・享年79歳

◎辞世の句

∇ふるさとの阿蘇へ帰れと桜咲く△

2010年協会会員になられ、ご一緒に奮闘下さった松崎佐さんが4月18日なくなられました。
享年79歳でした。
「華南の旅」「台湾の旅」にはご夫婦でご参加くださり、また歴史探訪にも
毎度加わり、熱心にメモとる姿は忘れられません。
とりわけ、「支部ニュース」には時宜を得た俳句を寄せて下さり会員を楽しませ、
かつ励ましてくれました。
本当にありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします。

※氏は熊本県阿蘇郡旧白水村生れ。
生涯、こよなく阿蘇を愛していました。
 
同じ漢字を使う13億人が住む隣国のコトバ

★日中友好協会の
「中国語講座」
<初級>  ●連絡先・野中正吉(090・7455・9143)

曜日・時間
 第1・第2・第4木曜日(月3回)
 午後16時~17時30分

会場 ボランテイアハウスふくま(福間駅前)

講師 郭 璐(女性)

受講料 1,500円(1ヶ月)

<中級>  ●連絡先・川辺愛敏(090・9968・1273)
曜日・時間
 第1・第2・第4木曜日(月3回)
 午後19時15分~20時45分

会場 福津市大和町公民館(福間駅前)

講師 吉田 琢斗(男性)

受講料 2,200円(1ヶ月)

主催・日中友好協会玄界灘支部
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