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日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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100925紙誌紹介
<連載>日中友好協会新聞・雑誌の部分紹介
<2010年9月15日号>

70号『ニーハオ玄海』

* 案内『よくわかる中国語初級講座』 講師 吉田琢斗さん
(日程 2010年10月~2011年3月) 19:15~20:45 ボランティアハウスふくま 
毎月1500円(月3回)
* ご案内『アジアフォーカス・福岡国際映画祭2010』(9月17日~26日)
* ご案内『栄西と中世博多展』福岡市博物館(9月11日~10月31日)
*「不再戦平和週間(7月7日~9月18日)によせて」⑥『特攻がよんだ反戦川柳』
「父母恋し彼女恋しと雲に告げ」「今日もまた全機帰らず月が冴え」など。
* ご案内 日中友好協会玄界灘支部企画「近代中国発祥の地、改革開放の先進地」
『広州、虎門、開平の旅』(2011年3月11日~16日)

417号『県連版』

*2億7千万の労働者を擁する中華工会・直属の専門楽団『北京楽団 九州初公演』
*偏見なく中国を理解することの重要性
*老後はどうなる? 中国帰国者の介護状況 現場からの報告
*「中国から引き揚げ」漫画展、黒崎・岡垣550名。
*中国近現代史講座開く。(糸島支部)。
「上海で中国帰国者のテレビに胸を打つ」(三好正明)。
「原水禁大会“中国代表歓迎・交流会”に参加して」(岩佐英樹)
「今後の活動に活かしていきたい」(加藤君子)。
*行事会議のお知らせ。

2202号『全国版』 

*涙さそう「残留孤児と母の対面」 前進座が『夢千代日記』を公演。
「節目ごとに「戦争と平和」をテーマに・遠のく「戦争体験」をきちんと伝えたい・残留孤児になりきって演じたい・華やかな舞台にも目を向けて・本誌読者は割引料金で」。
*私と中国「メディアチャイナ株式会社社長 フーピンさん」留学生新聞は「足元を照らす灯台」。
*随想『奥深い中国の書』(山内カントウ)。
*「中国各地で大規模な水害」『長尾会長が見舞い電』。
*南船北馬「中国で対日イメージ“よくない印象”が前年より9.3%減少して55.9%に、等」(城)。
*「『核のない世界』の早期実現に努力」牛強中国人民平和軍縮協会事務局長に聞く(下)。
*中国出身力士が昇進「蒼国来 幕内 仲の国 十両」。
*中国レーダー『東北アジアへの責任 中国と日本外交』「韓国艦沈没事件への対応・管首相談話の問題点・日本は孤立の恐れ1(丸山重威)。
*9.18「柳条湖事件」79周年」。
*中国の高速鉄道⑤『経済モデルが輸出型から内需型へ』「企業の内陸移転を促進・投資環境も改善」(姜波)。
*協会創立60周年思い出の人々⑨『毛沢東は間違っている。君たちが正しいと』元宮城県連合会会長 菊地養之輔さん(村松勝三郎)・『一生友好運動をと語っていた』元福島支部会員 森清さん」(長尾光之)。
*東西南北『平和・友好の支部活動』「ニエ・アル祭日中友好の集い(藤沢で 中国大使館からメッセージ)。小田原で原爆慰霊祭・平和の鐘(西サガミ支部)・真夏の夜の”日中放談”(滋賀・大津班)。きりえで創る京うちわ(滋賀県支部が講習会)。26人が映画『至福のとき』を観賞(福井支部)。100人が平和の願い込めて(武庫川灯篭流し 兵庫県連)。
*『総会・理事会、熱心に』中国人研修生問題を討議(札幌支部理事会)・会員300人実現めざす(山形県連総会)。会員を7人増やして開催(さいたま支部総会)。会員60人増めざす(兵庫県連理事会)。
*『手を携え民間友好の前進を』「新任の長崎領事が三浦会長宅へ」。
*会津戦跡めぐりに参加して『ここに青春を奪われた人がいた』(菅野家弘)
*「仲間づくり」推進コーナー「2万人めざし、全国紙でアピール」「協会福井支部を朝日新聞が大きく紹介」。
*「生存者の楊玉フェンさんが来日」10月に『平頂山事件』市民集会(中国人戦争被害者の要求を支える会)。
*「中国からの引き揚げ漫画展」漫画家と作品④山内ジョージ『ソ連兵はやっぱりこわかった』。
*ポストカード『秀作きりえ集』完成。「全国きりえコンクール優秀作12点」。
*「きりえで描く中国」⑦『兄弟』(早瀬ふさこ)。
*中国で話題の文学作品④「悲壮な移民史 華工への鎮魂歌」長編小説『金山』について(林杏安)。
*漢語の散歩道『抗老化』(筧文生)。
*日中漢字比べ『盗』(トウ岩)。
*中国映画の明星(スター)物語「ジャッキー・チェン⑤」「家庭がなかった」(石子順)。

現物は以下の場所にご連絡下さい。
『玄界灘支部ニュース=ニーハオ玄海』福岡県福津市宮司4-12-17(TEL 0940-52-1246)
『福岡県連版』福岡市中央区渡辺通2-8-23(TEL 092-761-0604)
『全国版』東京都千代田区西神田2-4-1東方学会ビル3階(TEL 03-3234-4700)

100923日中友好新聞特別紹介
     2010年9月5日号1面

「平和のバトン」わたす熱意に燃え
       長谷川順一さん
          戦跡ガイド、400回・6000人

 東京都内のA級戦犯合祀で有名な靖国神社。戦争資料を展示する同神社内の遊就館。それらを「第一級の戦争遺跡」として、案内する人がいます。協会新宿本部の長谷川順一さん(73歳)。東京の戦争遺跡を歩く会のメンバーとして、戦跡ガイドを始めて10年間、今まで約400回、延べ約6000人を案内しました。

原点は父親の戦争体験

靖国神社「斎館」前で「勅使参向」を説明する長谷川さん


 1937年、東京新宿生まれ。生まれてすぐ、長谷川さんのお父さんは第2次上海事変で出征。長谷川さんがガイドを始めるきっかけも、中国と関わるきっかけも、お父さんの軍歴と関係があります。
 金沢連隊の輜重(しちょう)隊員として、1937年、南京占領の後方を担当。「父が運んだ砲弾・銃弾によって、中国人が殺された」という思いがあります。
 お父さんが亡くなったのは、長谷川さんが16歳のとき。歯科技工士見習い、オート三輪の運転手、セールスマンをして家族を支えました。新宿区議28年の経験が、戦跡ガイドに役立っています。
 2000年から戦争遺跡のガイドを始めました。当初、依頼の多くは日本平和委員会ほか、関係する団体からでした。
 しかし、60歳から手がけたパソコンでホームページを作り、06年から戦跡ガイドのブログを書くと、それを見た人から依頼されることが増えました。若い人が4割、ときには外国人も案内します。

炎天下、沖縄の教師らを案内

靖国神社の「招魂斎庭」跡に造られた月決め駐車場で

 8月17日、沖縄県高教組の教師14人を案内。靖国神社と遊就館、戦中に海外で死亡した身元不明の遺骨が安置されている千鳥ヶ淵戦没者墓苑、戦傷病者史料館しょうけい館をめぐりました。
 長谷川さんは「平和のバトン」という言葉を使います。ガイドする時間はそれを手渡すバトンゾーン。限られた時間ですが、日本の軍国主義の残酷さを、ユーモアを交え伝えます。「ここは、(靖国神社にとって)魂を招魂する大切な場所。なのに、今は駐車場になっています」と、神社の月決め駐車場で国家神道の教義と靖国の経営について語ります。
 遊就館では、三八式歩兵銃や手榴弾のところで、「これは天皇から預かった大切な武器、なので勝手に民間人に渡すことなんてできません」と、沖縄戦の集団自決が一兵士の判断ではできないことを説明。遊就館の展示を使い、つぎつぎに軍国主義の矛盾を暴露し、案内してゆきます。
 偶然居合わせた一般観覧者も、長谷川さんのガイドを聴こうと集団に加わり、フロアがいっぱいになる一こまも。
 「沖縄も今、米兵がいるだけで問題がたくさん起きています。今日(靖国神社や千鳥ヶ淵を)案内してもらって、あらためて平和が大切だと思いました」。参加した男性教師の感想です。
 ガイドを通して憲法九条の大切さを伝えたい、その思いが伝わっています。解散のとき、「たしかに、みなさんに平和のバトンをお渡ししました。あとは、沖縄に帰って生徒にも渡して下さい」と長谷川さんがあいさつ。教師の皆さんは力強い返事で応えました。

「まだまだ続ける」意気込み 

ガイドは歴史だけでなく、天皇制や宗教、兵器さまざまな知識が必要とのこと。家には、壁一面にそれらの本が並びます。気力や体力、知識だけでなく、家族の理解も必要なよう。
 猛暑の日だけでなく、嵐の日に案内した経験もあります。体力的に大変そうですがいつまで続けますか?との問いに、「靖国はバリアフリーだからね」。その笑顔には「まだまだ続けるぞ」という思いがこめられているようでした。
 また、10年かけて新宿区に働きかけ「新宿区平和マップ」を作った長谷川さんの夢は、遼東半島から略奪され、靖国神社の境内にある獅子を中国に戻すことです。

「731部隊」追及で成果

父が戦地から送ってきた写真(ホームページ「長谷川オフィスニュース」から)


 長谷川さんの活動で見落とせないのは、731部隊問題の追及です。
 新宿区議会議員だった1989年。旧陸軍軍医学校跡地から人骨が出てきたとき。「731部隊の持ってきた中国人の骨かもしれない」、そう思い、その人骨問題の担当に。731部隊と中国のハルビン、『悪魔の飽食』を読んでいたので、きっと中国と関係あるだろうと判断し、この問題に取り組み始めました。自分が戦争を知っていたということと、父親が中国へ行っていた兵士だったことが、直接のきっかけ。
 91年に初めて共産党の議員としてハルビンへ。その後、遺棄毒ガス事件や731部隊の裁判で、十数回も中国東北部へ行き、これらの真相解明や責任追及に尽力しています。防疫研究室跡地の発掘作業も、今年の秋から開始。「骨はまだまだ出てくるだろう」と、長谷川さんは言います。(東)

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