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日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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三題ばなし(再び中国から)その43  

来自中国的三个话题


<第35回上海日本人教師の会>

年に2回ほど開かれる会は、懐かしさだけでも素敵な会だが、今回は私にとって初めての体験が加わった。分科会での少人数による多岐に亘った濃い時を過すことができたのだ。

担当した「発音分科会」では、多様な内容をお聞きし、何より泰州の後任の若い先生との久し振りの語らいのチャンスにも恵まれた。何か困った時にすぐ悩みや現状を出せる場としての「教師の会」への試みについて、更なる期待もあった。カシオの吉田さん岩丸さんやKK日中交流センター張涛さんに色々お世話になり当番幹事として余計に有難かった。

上海総領事館の角谷さんに、日中の民間レベルでの濃い思いやり交流の今の事例を今回も聞け、外交官なるものも見直した。私は次回以後は専家教員でない。でも上海にいる間は何らかの形で関り続けていたい。次回の日本人教師の会開催への希望も膨らんでくる。


第35届上海日本人老师的会(张星月)

一年召开两次左右的会议,仅仅因久违了的会议的角度讲就是一个很精彩的会议。这次,就我个人而言又是一次新的体验。在由少数人组成的分组讨论中,度过论及了方方面面的有意义的时光。

在我负责的发音讨论组中,聆听了各种各样的想法,特别是得到了一次同来自泰州的年轻的 后任 老师的久违的谈心交流的机会。也让我对在如果出现紧急情况之时,及时的提供解决烦恼和案例的“教师会”的尝试,有了更深层的期待。承蒙卡西欧的 吉田 先生、岩丸先生以及KK日中交流中心的张涛先生的关照,作为干事负责人的我对此表示非常的感谢。

从上海总领事馆的角 谷 先生处得知,日中民间交往的浓厚的感情以及当今的事例后,对外交官一行有了新的看法。在下一次之后我就不再是专家教职员工了。然而,在上海的这段期间,还是想以某种形式继续这份事业。对下次举办的日本教师会议的希望也在膨胀。



<68歳になって>

68歳になった。メールや街歩き、手料理やケーキ等で祝って貰った。1年前のその日に開けて貰っていたピアスなんぞもつけてみた。京都外国語大学の記念誌で中国人留学生の活躍を垣間見ることも出来た。教え子たちの結婚や赤ちゃん誕生の知らせも受けた。

中国人として生まれ、帰化して日本人になり、中国で会社を興し10年、逞しく賢く生きる経営者を紹介されたのだが、その人に給料の安さをいたわって貰った。しかもその帰り、家の近くでよく言葉かけする小父さんにも給料を聞かれ、その安さに驚かれもした。

学校や中国の事情を理解してないための勘違いをしたし、迷惑もかけた。それでも、自分でも出来ること・自分にしか出来ないことを誠実に実践することで、日中友好の役を果たしたい。年齢に相応しい言動ができるようにと思いを新たにした誕生日だった。

68岁的生日 (刘佳瑶)

今天是我68岁的生日。亲朋好友还有学生们发来了祝福的短信,学生们和我的朋友还买了生日蛋糕并且亲自下厨为我准备生日餐。在朋友的陪伴下,还去逛了优衣库和无印良品。我带上了去年今日收到的耳环。在京都外国语大学的纪念杂志上瞥到了活跃的中国留学生的身影。甚至还收到了来自于过去教过的学生的好消息,她结婚了,还生了孩子!

之前介绍过这样一位经营者,生在中国,国籍却是日本的,在中国开办了公司有10年之久,是一个顽强聪明的人。他对我的薪水之少表示同情,给予我安慰。在回家的路上,常常打招呼的一位大叔问我工资是多少,他很惊讶,竟然这么少。

 对于中国以及学校的不甚了解造成了很多误会,给别人添了很多麻烦。即便如此,我也要认真实践那些我能做的事情,那些只有我才能够做到的事情。在此生日之际,我希望自己能为中日友好贡献力量,同时希望自己的言行举止符合自己的年龄。  



<目の当たりの加藤嘉一氏>

教え子の中にもファンがいる。スピーチ大会最中にこの名前を聞いていた。その加藤氏が上外大で講演。中国語を素早く日本語でメモ書きする教え子のお陰で、アウトラインを少し掴み得た。「底線」の事情も理解した。それぞれの国の政策下で若者も大人も、何を如何にすべきかが問われている。それは、どこでもいつでも同じだろう。

加藤氏は貴重な時間を割き私の質問にも応えた。27歳。この若さにあっての識見。多面的な目配り。しかし、私は当日同席の新聞記者に答えた。「国会議員になって影響力を発揮する、は困難」。ブログでの意見陳述、地道な講演、多様な人たちとの交わり等、今中国で一番知られている日本人とも言われる存在感を示し続けて欲しいと願う。ミーハー的を承知で私の誕生日の欄にサインして貰ったし、メールも出したりした。



眼前的加藤嘉一(许旻)

加藤嘉一在上外举行了演讲。在我的学生里面也有他的粉丝,我最初听到他的名字的时候是在学生的演讲比赛里。托学生的福,在讲座上把听来的中文用日语给我做了笔记,让我多少抓住了些演讲的大意。也理解了关于“底线”这个事情。在不同国家的政策之下无论是年轻人还是大人,都会被抱以应该做什么如何去做的疑问。而这怕在何时何地都是一样的。
加藤花了宝贵的时间回答了我的问题。27岁,在这个年龄,自己多方面细致入微的观点。然而,那天当被记者问道:‘关于加藤之后从政这一事情怎样去看?’这一问题时,我答道:“我认为加藤成为国会议员后会难以发挥其影响力。”我希望当今这个通过在博客中陈述自己意见、踏实的演讲、于不同人的交往等等途径,可以说是在中国最受熟知的日本人能继续展示他的存在感。另外明知道是学年轻人的行为,也让他在我笔记本上自己生日的那一页签下了名字,并且给他发了邮件。

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