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日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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アジア初の共和国・中華民国の誕生と孫文

今年2011年10月10日は、清王朝打倒の狼煙を上げた「辛亥革命100周年
(1911年は干支の辛亥の年にあたる)でした。
翌1912年1月1日、孫文(号は中山)は中華民国の成立を宣言し、臨時大総統に就任
し、アジアで初めての共和国、中華民国が誕生しました。(実際は在任3ヶ月間)。

2月12日、わずか3才の愛新覚羅・溥儀は皇帝を退位し中国では永久に君主支配制度
はなくなりました。この日は中国では「双十節」と親しまれており、今年も各地で
祝典が開かれました。
福岡でも福岡市立博物館や各大衆団体や学術団体で展示や研究発表が行われ、
行事は今年いっぱい続きそうです。

この孫文 の思想で有名なのが民族主義(満州族の清王朝打倒)、民権主義
(国民の様々な権利を保証する)、民生主義(人民の生活の保証)からなる
三民主義とよばれるものです。

孫文はその後も紆余曲折した政治活動の末、人生最晩年の1924年1月、
中国国民党と中国共産党の合作=国共合作を主導し、三民主義も反帝国主義・
反封建主義(欧米や日本の侵略、それらと結ぶ軍閥勢力を打倒し、統一した
中国をつくる)を明確にし(「新三民主義」と言われる)、中国の進むべき
進路を指し示しました(孫文自身は1925年3月死去)。

この国共合作は1927年の蒋介石の上海クーデターで破壊されますが、
1930年代の日本の侵略に直面し、中国国民や各界の強い要求で復活し、
抗日戦争勝利に大きな影響を及ぼしました。

日本でもよく知られている「宋家の三姉妹」の宋慶齢は孫文の妻です。
後に中華人民共和国の国家副主席・名誉国家主席になりました。
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