日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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文化講演「首羅山遺跡と中国」

「薩摩塔」~中国貿易商人の活躍と深い関係~

1月21日(木)、文化講座「首羅山遺跡と中国」が福津市の「ふくとぴあ」でありました。
遠く福岡市からも福岡支部の大井事務局長が駆けつけてくれました。
講演の中心は首羅山頂にある薩摩塔に関わって、「九州の東シナ海沿いにある薩摩塔の由縁」についてでした。講師は久山町で地元の郷土史に関わっている日中会員の松尾健二さん(59歳)。

この不思議な形の仏塔が研究者の目に止まったのは1958年に鹿児島において。そこで「薩摩塔」命名されました。
今日では三十いくつもの薩摩塔が見つかっており、それも長崎から福岡にかけての北部九州に圧倒的に多い。
この近辺では首羅山はじめ志賀島の火焔塚、福岡市堅粕などがあります。
13世紀の平安末期から鎌倉時代、博多などで活躍していた中国貿易商人(綱主こうしゅ)の信仰と深い関係があるとの説が有力です。
石材は中国産(浙江省)のものが多くみられるといいます。
中国商人たちが航海の安全を願い、財産の安寧をねがい、そして故郷を偲んで建造したのでしょうか。
首羅山に薩摩塔があるのも当時、隆盛を極めていた首羅山の頭光寺(350僧坊=最盛時には木谷100坊、西谷100坊、山王50坊、別所100坊あった)と博多の中国商人の深い関係を想像させます。
玄界灘支部ではすでに首羅山には2度の「日中歴史探訪」をしましたが、九州にしかないこの薩摩塔を訪ねるツアーも実施したいものです。
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