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日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

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中国近現代史講座
  1月は、今の中国に繋がる『新文化運動と五四運動』、中国史の質的転換点を学んだ。今回も豊富な資料が提供された。よくもまあ見つけられるものだと毎回感心する。
世界の多くで1917年ロシア革命は身近なところで社会を変えていく可能性をより実感させた。アジアでも各国で動きがあった。日本の米騒動やシベリア出兵反対運動、朝鮮三一独立運動(万歳事件)もだし、中国の五四運動も典型的だ。その後の共産党創立に繋がっていく細かな事情も分かり易かった。
 さて、2月は27日。講師岩佐英樹さんが宇美商の生徒さんらと共に取り組み始め、結果として半生を懸け真実を追い求めてきた『中国人強制連行事件』。3月判決間近な裁判上でも見せた国家の本質をも豊富な資料で学べるはずです。

どんな感想も許される
玄海漢詩教室
 
 2月の教室では、白楽天の『長恨歌』を読んだ。
大薄さんの全体訳に従って読み進め、その後で楊貴妃の姿態や当時の様子を語らう。玄宗皇帝の前半期の唐の国を盛り上げる働きに反比例した楊貴妃との関わり。玄宗の時代の前の則天武后の異なる評価も飛び交った。
 話題になった一つを具体的に示したい。漢詩漢文の訓読は日本的文化の吸収として高く評価されてきた。しかしその場合人により当然ながら異なる読みが出て来る。7音の漢詩は通常4(2・2)・3で読むことが多い。しかし訓読みでその境を飛ばして読む人もいる。日本語らしくするためらしいが、未知の漢詩を読む力をつけるためにはやめた方がいいと言う考えもある。
 この教室の師匠格である古賀さんは漢詩も出来るだけ日本語の音読みであれ上から読むようになるのが漢詩の良さを感じ取れる方法だと言う。
ついつい予定の2時間もオーバー。知的好奇心を満たす魅力が漢詩にあり、我が教室の運営の仕方にもあると言うことだろう。
 さあ、3月は何が出て来るのだろう。楽しみなことこの上なし。

  中国映画を語る会
論じ合い楽しみながら仲間を増やしたい

 『中国映画を語る会』では同じ作品・同じテーマで行うこともある。2月の『至福のとき』もそうだ。日本では今「派遣切り」「失業」が話題だ。中国でも労働者に悲しい現実は多々ある。障碍者を励ます心優しい貧しい人間たち。「幸せ」とは何か。どこでもいつでも永遠のテーマだ。ここでも張芸漠監督の思想を感じ取ることが出来た。同じ作品でも参加者が違えば別の話になる。同じ映画でまた論議したくなる中身であることを今回の場でも再確認した。

   九州大学大学院統合新領域学府  
 「ユーザー感性学専攻」に
     中国人留学生が進学

  「感性学」なるものに初めて接した。文科省の予算を得て九州大学が5年間研究を進めてきた成果をイムズのホールで発表した。国内だけではなく、むしろ国際的であろうとアピールしているようだ。ユーザーの要望、感性と、科学技術を融合させることを追究する。「感性テーブル」が特別の役割を果たしていた。極めて現代的課題と言うことになる。
 外国人留学生も積極的に関わることを希望していた。
 そして2倍の難関を突破し成蹊学園の中国人留生の劉周鳳さんがこの大学院試験に合格した。

今年の県連大会は、成蹊学園をお借りしての開催だった。
 日本中国友好協会福岡県連合会第47回大会   2009年2月15日
47回を数えた県連大会は、今年成蹊学園を会場にした。
 記念講演は「日中友好運動の歴史を拓いた沙飛写真展」と題した都城支部長・来住新平氏の提起は、事実が丹念に拾われ続ける中で、「歴史が作られる」ことを実感させた。
沙飛は、日本人捕虜を暖かく撮っている。残酷な事実の報道が世間の目を拓かせたことも確かにある。しかし、逆の報道も元気を与える。中国の8大将軍の一人が侵略していた日本の子どもに温かい手を差し伸べていた事実の報道。
 その沙飛が新生中国にあって何故中国の医学発展に尽くしていた津沢氏を殺したのか。繊細な感覚の沙飛。戦乱下でのPTSGに病み、正常な状態の時もあるが、ある条件下で発狂する病。それがこともあろうに、薬の打ち合わせの際に銃撃してしまった、と言う。
 加害者側遺族と被害者側遺族との関わり方が新たな日中友好運動を励ましている。
 若い出席者が特徴的でもあった今年の大会。何より4人もの北九大生の爽やかな自己紹介は、運動の未来を明るくした。おまけに、地道な友好運動を目の当たりにする中で留学生の役割を学んだと語る中国人留学生申君の挨拶もあった。更には専門学校で留学生のための通訳などの業務に携わっている加納さんが、福岡を留学先と選択した中国人の数の増加を図表で示した。年長者会員には特に画期的内容だったと言えよう。
 最も肝腎な運動方針は、大会の充実に示されるように伸び行く福岡県連の姿を端的に示していた、文革で壊滅的な打撃を受け、盲従的打算的なもう一つの「協会」が居座る中である。これまでの先輩諸氏の苦闘の努力を受け継ぎながら、かっての県連の状態に早く近づけようとの目標も確認できた。
 大会終了後の交流会会場は、中国帰国者人間性回復裁判原告団の九州団長を務めた木村琴江さんの食堂「帰郷」。参加者各人の友好に賭ける思いの紹介や、心に染み入る小倉支部深谷さんの歌はじめ老若男女の舞や手拍子がその場にいることの幸せを表現していた。



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