FC2ブログ
日本と中国の友好を願って活動する日本中国友好協会玄界灘(宗像・北粕屋)支部

2020/09123456789101112131415161718192021222324252627282930312020/11

中国からの3題ばなし 

<手元に届いた在外選挙人証>

私はどこかで習い覚えていた積りで「海外選挙人名簿」と述べてきたが正確には『在外選挙人証』だった。2月8日に上海領事館で申請し、途中50日を経た頃、領事館から受取りをどうするかの確認が私の携帯電話にあった。郵送をお願いしたが、それから10日、丸2ヶ月を経て、この『証』はここ泰州の私の手元に届いた。中国に移動手続きする前の住民票の所在地福津市の選挙管理委員会委員長の公印が捺してある。
これから、必要な記述をした書面を私の場合は福津市の選挙管理委員会に郵送しておくと、投票用紙が届く仕組みになっているらしい。公示・告示日の翌日以降に投票用紙に候補者名あるいは政党名を記して投票用封筒に入れて封をし、その投票用封筒に必要事項も記載の上、別の送付用の封筒で該当選挙管理委員会宛に送るとの指示を何度も読んでいる。

<手中拿到了在外选举人证>

我好像在哪陈述过“海外选举人名簿”,其实正确的是“在外选举人证”。 于2月8日在上海领事馆申请,中途经过50天左右,因如果领取的问题领事馆给我打来了电话,我希望以邮寄的方式。从那以后10天,即整整2个月,这个“证”终于拿到手了。来中国之前的户口本的所在地福津市的选举管理委员会委员长也盖了公章。
从今以后,据说只要给福津市的选举管理委员会邮寄必要的书面陈述,投票单就会邮寄过来。公示・告示日的第二天开始,在投票单填上候补名单或者政党名,放入投票专用信封,在投票专用的信封上填写好必要的事项,用另外的信封把它邮寄给选举管理委员会。这个说明都读了好几遍。

<中国の日本語専家教員>

今でこそ日本人の日本語教員は、中国の各地、日本人の殆どが知らない街にもどこにでもいる。しかし上海でさえも30年前、1978年日中友好条約が結ばれて暫くの頃はそうでなかった。「専家」と呼ばれたのは復丹大学、華東師範大学と上海外国語大学の3人だった。日本人学校も寺子屋的に始められた・・・。こんな珍しい話を、当事者から酒を少し飲みつつ私は聞いた。中国の諺「井戸を掘った人を大事にする」をここでも思い出した。
周りの人との文化の違いの理解を深めながら、しかし「人間皆キョウダイ」の心でいることが何より大事だ。子どもだと逆に母国語を忘れかねないことを気にすべきだし、大人では外国語の習得が容易でないことを認め合うことだ。そして、相手の言語を無視或は軽視しないこと、そして少しでも互いに多くを学ぼうとする意欲が両者の関係を深める。

<中国的日语专家教师>

只有现在日本人的日语老师,在中国的各地,即使日本人都不知道的小城市都有日本人的教师。但是,即使在上海,30年前,1978年中日友好条约签订后的一段时间,也不是这样的。被称为“专家”的只有复旦大学,华东师范大学和上海外国语大学的3人。日本人的学校也是从寺子屋开始的・・。如此珍贵的事情,我边喝点酒从当事人那里听到的。在这里突然想起了中国的谚语“喝水不忘挖井人”。
和周围的人进一步文化差异的深入理解的同时,“人类都是兄弟”的心比什么都重要。如果是孩子的话,反过来要注意别忘了母语,而不得不承认成年人学习外语也不件容易的事。因此,别无视或轻视对方的语言,即使有多少地相互学习的意向,也会加深两者之间的关系。

<南京訪問 虐殺記念館など>

 福岡から先輩の伊藤さんが南京に来たとの報を受け、すぐ出かけた。伊藤さんは日本で会っていた時よりはるかに元気で安心。酒も飲んだ。一緒に虐殺記念館にも行った。
前の記念館が手作り的とすれば、全面改築に近い今回のは大型機械作り。見学無料の措置も含め、国家の意思を感じる。一方一中国人学生の「暗い音楽が一寸」の声も聞いた。
 9年前当時の虐殺記念館でインタビューに応えた内容の一部が、「shijinhongjie石津宏介」で検索すれば中国のネット上で今も見られるのだが、あの当時「国際平和ミュージアム」等への改名が南京で話題になっていたことも思い出す。前の記念館のメッセージ「過去が未来の師」を今も受け継いでいるが、「教訓を活かして生きる」と今はより積極的に明示している。壁面の末尾近くで「国家が弱かったから侵された」を些か複雑な気持で読んだ。

<南京访问 虐杀纪念馆等>

听到福冈的前辈伊藤来到南京后,马上出发去南京。伊藤比起在日本见面时还要硬朗,很是放心。也喝酒了,一起去了虐杀纪念馆。
以前的纪念馆比作是手造的话,这次是全面的大型机器改造。包括免费参观措施等能感觉到国家的在起作用。同时也听到有个中国的学生在唱“昏暗音乐是一寸”。
9年前在虐杀纪念馆被采访时的内容的一部分用“shijinhongjie石津宏介”在中国的网上检索的话,现在也能看的见。回想起当时在南京改名为“国际和平博物馆”等成为话题。虽然以前的纪念馆的宣言“过去是未来之师”至今也沿用,但现在更加积极地表明“吸取教训”。带着复杂的心情看了墙壁末尾处的“国弱受欺凌”。


コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://genkai08.blog103.fc2.com/tb.php/82-a9f46c3b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック